「ブカツ探究」:純真高校男子バスケットボール部

 現行の学習指導要領が告示され、日本の学校教育の方針として「探究的な学び」の重要性が明確に示されてから、8年目を迎えています。各地で教育改革の必要性が叫ばれ、今や多くの学校が「探究」に力を入れています。次期学習指導要領においても、さらに解像度の高い議論が進められており、「探究的な学び」を中心とする教育も、新たなフェーズに入っていると言っていいでしょう。
 本校でも大変多くの議論を重ねながら、「探究的な学び」を推進してきましたが、当初から根強い考え方として、「部活動は探究である」というものがあります。「探究」について学べば学ぶほど、その考え方は間違っていないという確信を得られるようになってきました。
 そもそも、部活動というのは、生徒がやりたいからやるものです。そこには、「探究的な学び」において重要とされる内発的動機づけが十分にあります。校内外の多様な他者と協働することも多く、何かしらの課題に対して、意見を交換したり、擦り合わせることもあります。実際に試したり、そこから振り返ってまた考える。そうした経験も十分すぎるほど得られます。
 そこで純真高校では、部活動を単なる競技力の追求の場ではなく、目の前の課題を解決する力に加え、自分たちが目指す「ありたい姿」を構想し新たな価値を創り出す、探究の場として捉え直し、「ブカツ探究」として意識的に取り組んでいます。
 注意されるのは、「指導者が指導を放棄し、生徒に丸投げする放任主義」との混同です。効果的な探究学習には、所謂、適切な足場架けや構造化されたフレームワークが不可欠であると言われています。それは、スポーツ指導においても同様であり、指導者が勝敗の責任や安全管理、チームの基本方針の設定を放棄することは、生徒を無秩序な混迷に陥らせることに過ぎないでしょう。
 もちろん、正確な動作や戦術といった「知識及び技能」を教えることも大切なはずです。ただ、そうした「知識及び技能」を実際の試合でどう活用するのか、生徒自らが最適解を発見・更新できるよう「練習の環境やルール」を工夫・設計することに力を注がなければなりません。 選手が心理的安全性を感じながら、失敗を恐れずに挑戦し、学ぶことができる、そうした場づくりこそ重要と考えています。

男子バスケットボール部における「ブカツ探究」

 今回はその一例として、男子バスケットボール部の活動を記します。以下の取り組みは、「自分たちはチームとしてどうありたいか」という理想の姿を、仲間とともに協働で描き出すことを目的として行われたものです。


 選手の輪の中にコーチも入り、精神性や行動に関する「心(赤)」と、戦術やスキルに関する「技(青)」をそれぞれ付箋紙に書き出しながら、共有していきました。当初想定していた模造紙に入りきらないくらい選手が考えてくれたので、普段からよく考えてくれているのだなと大変嬉しく思いました。


 一人一人が意見を出す中で、質問したり、より具体的な説明を求めたりしながら、本人が本当に言いたいことを見出したり、他が納得できることに昇華したりしていきました。
 その中では、複雑な戦術の提案もありました。大変意欲的な意見で私自身は嬉しかったのですが、自分たちのありたい姿と残された時間や現在のチーム力という実現可能性と照らし合わせて思考を深めていくことで、自分たちが本当にしたいことを問い直し、戦術に関する方針を言語化していきました。
 また、「声を出そう」という曖昧な掛け声についても、「何のために声を出すのか」という目的を全員で共有し、味方を助ける指示やベンチからの情報共有といった具体化を行うことができました。
 自分たちが目指す「ありたい姿」と、そこに至る練習の意味を一人ひとりが考えながら意見交換したことで、与えられたものをこなすのではなく、自分たちの理想を実現するために必要だからするという主体的なマインドセットができたように感じています。


 その後、その付箋をカテゴリー分けし、自分たちがどんなチームでありたいかということを整理していきました。どんな意見がでて、どんな意見に自分たちが納得しているのか、改めて振り返ることで、自分たちの「ありたい姿」というイメージの解像度を上げていきました。


 その結果、選手の中からでてきた答えが「当たり前のことを、当たり前にするチーム」です。率直に上手な言語化だなと思いましたし、「当たり前」のことを大事にするという、その考え方が大変素晴らしいなと感じました。
 もしかしたら、出てきた答えも「当たり前」だったのかもしれません。しかしながら、このプロセスを経ることによって、それぞれの考え方やチームとしてのまとまりだけなく、これから「なぜそれを練習するのか(学ぶ意味)」を選手自身が深く納得できた点にあるのかなと考えています。

「ブカツ探究」の効果

 「ブカツ探究」の実践は、競技力の向上だけでなく、制約条件下での課題解決力、論理的対話力といった生徒の自律的な成長を促すと考えています。
 競技や活動運営のあらゆる場面で求められるのは、一人ひとりの当事者意識と判断基準です。チームの「ありたい姿」を自分たちの言葉で形づくるからこそ、生徒は「どう行動すべきか」を自発的に思考できるようになります。
 展開が速く、流動的で変化の激しいバスケットボールにおいて、ベンチの指示に頼り切るチームは不測の事態に対応できません。日頃から戦術の構造や理屈を探究している選手であれば、タイムアウトを待たずともコート上の5人が対話し、「相手の守備変更に合わせてB案の戦術に切り替えよう」といった即時的な修正が可能になります。
 また、指示されたメニューをこなす他律的な練習ではなく、「ありたい姿に近づくためにやる」という意識を共有することで、自律性や仲間との絆(内発的動機づけ)が芽生え、練習効果も向上すると考えられます。指示待ちの停滞時間を削ぎ落とし、選手同士でフィードバックが交わされる場づくりにつなげていければと考えています。

「ブカツ探究」の目指すところ

 部活動における「探究」の実践は、競技力の追及を放棄することではありません。むしろ、自ら考え、対話し、行動するチームこそが強いはずであり、自分たちの可能性を最大化することができるのではないでしょうか。
 さらに言えば、答えが一つではない情熱の対象において、生徒たちが自ら問いを立て、制約条件と戦いながら最適解を模索した経験、そこで培われた自律性、協働性は、彼らが将来、予測不能な社会へと踏み出す際の糧にもなると考えています。
 コーチともども、探究していきたいと考えておりますので、今後とも宜しくお願い致します。



佐藤真久先生(東京都市大学大学院 環境情報学研究科 教授)によるコメント

 筆者(佐藤)が田村学氏(現在、文部科学省初等中等教育局・主任視学官)とともに編者として関わった書籍『探究モードへの挑戦-高度化・自律化をめざすSDGs時代の人づくり』(人言洞)において、執筆者の一人の合田哲雄氏(現在、文部科学省高等教育局・局長)は、「ブカツ」探究の魅力と可能性について言及しています。
 合田氏が執筆した第2章「教育改革と探究モードへの挑戦」では、日本の教育政策における探究の歴史を振り返り、総合探究について「知的な修羅場体験である」と述べています。さらに、「・・こういう修羅場体験で形成される胆力なり判断力は、どちらかというと運動部活動などで育まれてきた」と述べています。
 運動部活動において、生徒らが多角的に議論を重ね、物事の捉え方や解決方法の更新といったような取組をしていく姿(「ブカツ」における修羅場体験)は、学校における教科探究や、様々な学習活動、さらには、人生を豊かに、有意義におくる点においても大きな意味をもっているといえるでしょう。探究活動=教科探究という発想を超え、学校における様々な取組を探究活動として位置付けること。その一例として、純真の「ブカツ探究」は大きな魅力と可能性を有しているといえます。

投稿者プロフィール

宗 新悟
宗 新悟教頭 兼 高校魅力化推進部部長 男子バスケットボール部顧問
 前向きになれる、好きになれる学校づくりができるように日々努めています。小さい頃は勉強が好きで、バスケットボールに出会ってからは、ずっとバスケットボールをしていました。教員になる前に、学問の世界に飛びこび、学問の魅力に再度取り憑かれました。勉強でもスポーツでも、やらされるものだと結局上達しませんし、身につきません。

少しでも前向きになってもらう、少しでも好きになってもらう、あるいはもっと前向きに、もっと好きに。

そんな学校であるために、これからも頑張ります。